【序章】
今日は熱田(宮の渡し)から桑名(桑名の渡し)の七里の渡しの船旅を楽しみます。
江戸時代は熱田から桑名には陸路がなく、
宮の渡しから桑名の渡しまでの7里(約28㎞)を船で渡る
佐屋の渡しから桑名の渡しまでの3里(約12㎞)を船で渡って、25㎞を陸路で歩く
いずれかで江戸と京・大阪を行き来していました。
現在は、名古屋~桑名を電車で約30分で行き来できるようになり、私とYumiさんも東海道の旅は電車で移動しました。
日本橋から宮の渡し跡まで全て徒歩で歩いてきましたが、宮の渡し場から桑名の渡し場まで電車での移動となり何とも味気なく感じたので、機会があったら船で渡りたいと考えていました。
思っていることは実現する例えの通り、今年の2月初旬、ラジオ体操仲間のMさんから「七里の渡し船の参加者を募っている」と教えて頂き、直ぐにNさんに参加の有無を確認し、Mさんと同じ日時で申込みしました。
また、現在東海道を歩いているJさんにも連絡すると、数日後に同じ日時で申込みを完了した連絡がありました。
Jさんは、H27.11.08に息子さんと京都・三条大橋に到着したそうです。
そして8ケ月の間、運行当日が天候に恵まれることを願って過ごし、開催日を迎えました。

《熱田神宮》
Nさんと近鉄名古屋駅で合流し、名鉄線で神宮前駅に向かいました。
神宮前駅はH25.06.16の第25回旅で、Yumiさんと駅構内のベンチに座ってアイスクリームを食べたこと、また、熱田神宮の境内を散策したことなどが走馬灯のように思い出しました。
 ※熱田神宮・本殿
004 熱田神宮・本殿
《奇跡の出会い=Yumiさんの親友》
宮きしめんで軽く腹を満たして境内を歩いていると、目の前をSさんにそっくりな人が通ったので、「ひょっとしたらSさん?」と思いながら「Sさん!!」と声を掛けると、まさしくSさんで、お互いに奇跡的な出会いにビックリしました。
Sさんはご主人とこちらにいる親戚の人と一緒で、お互いに連れがいるので、Sさんのご主人の病気のこと、Yumiさんの現状の話しをして別れました。
SさんはYumiさんの高校の同級生で、一番長く続いている親友で、昨年の10月に旧甲州道中の旅で、街道沿いに家があるSさんの家に立ち寄らせて頂いてご馳走になりました。
YumiさんはSさんと会った一週間後の山歩きで足首を骨折し、これを契機に認知症状が急速に進行し、2つの介護施設から利用を断られ、やっと利用できるようになった3つ目の介護施設において階段から転落してしまい、救急搬送された病院が過剰反応となる全身拘束を5日間したことから歩行困難な状態になりました。
足首を骨折した時(H26.10)は要介護2でしたが、3ケ月後に行った区分変更調査(H27.01)で要介護4になり、さらに3ケ月の区分変更調査(H27.04)で要介護5となり、H27.06に特別養護老人ホームに入所しました。
今回の出会いは数秒違ったら出会えなかったことで、この出会いはただ運が良かっただけのものなのか、何を意味するものがあるのか分かりませんが、そのうちこの出会いがどうゆうことだったのかが分かるのではないかと思っています。

【七里の渡し船旅】
《受付》
さて、もう一人の相方のJさんと地下鉄伝馬町駅で合流し、3人で集合場所の宮の渡し公園内の東屋に行くと、Mさん夫婦とMさんの奥さんの弟さん夫婦が来られており、挨拶するとともにNさんとJさんを紹介し我々のグループの参加者(7名)が揃いました。
 
※渡し船乗船受付
013 乗船受付
主催者(NPO法人・堀川まちネット)の受付を終え、出発(13時出航予定)まで待つことになりましたが、乗船する船がまだ桑名から着いていません。
今日は10~15mの強風が吹いているため、少し遅くなっているようです。
主催者から「強風の向かい風の中を進むので、途中で折り返すこともあるかもしれません」と話しがあり、出航が微妙な状況にあることを知りました。

010 太鼓
何とか桑名まで行ってくれることを願いながら出航を待っていると、渡し場跡では地元熱田の太鼓演奏や、主催者が独自に用意した「七里の渡し船旅記念」のお菓子(600円)が販売されており、記念に1個購入しました。

049 七里の渡し土産
お菓子は老舗の亀屋芳広のものですが、容器は竹を割って船形に主催者が自作のものです。
また、主催者から「船のトイレが壊れているので、乗船前にトイレを済ませておいて下さい」と案内があり、トイレに近い人は数回通っていました。
《七里の渡し船旅》
12時15分、桑名からの渡し船到着
012 桑名発イベント船
さて、13時少し前から乗船が始まり、今日の参加者35~36名+主催者が乗船し、熱田の太鼓演奏に送られて目的地の桑名の渡し場跡に向けて出航しました。
13時05分、宮の渡し場跡・出航
016 見送りの太鼓
使用された船は長崎のハウステンボスで使用されていた40~50人乗りの小型観光船で、桑名の渡し場で管理されているそうです。
船は船底が平らになっているため、安定性がある反面、速度は遅くなるそうですが、今日のように強風下での航行では普通の船に比べて安心して乗っていることができます。
 ※七里の渡し船
014 イベント船
乗船して客室には入らず、風があって少し寒いかも知れませんが、Jさんを以外の男性陣は眺めの良い展望席に座りました。
015 出航前
夢に見ていた七里の渡し船旅が始まりました。
桟橋を出て左側を見ると、宮の渡し場を見ることができ、「江戸時代は此処に着岸したのだな」と思いながら眺めていました。
 
※宮の渡し場跡
018 宮の渡し場跡
写真では穏やかな川面に見えますが、風速10~15mの南からの風を受けており、白波が立ったりしています。
堀川を進んでいる時は風だけだったのですが、堀川を出る頃になると波しぶきが飛んできて、顔を拭いたりするのにハンカチが必要になり、さらに伊勢湾岸自動車道の名四トリトン付近では大きな波しぶきを受け、とても展望席には居られないと客室に一時退避するほどでした(Nさんは一人展望席から動くことはありませんでした)。
 ※堀川に架かる新幹線鉄橋

019 堀川からの眺め
 ※堀川に架かる国道23号(名四国道)
020 渡し①
 ※堀川の水門
021 渡し②
 ※鳥の群れ①
022 渡し③・鳥の群れ
 ※鳥の群れ②
023 渡し④・鳥の群れ
 ※名古屋臨海高速鉄道
027 渡し⑧
 ※名古屋港に架かる伊勢湾岸自動車道の眺め
028 渡し⑨
 ※浚渫排土で出来た人口島(左側
030 渡し⑪
 ※コンテナふ頭(右側)
031 渡し⑫・コンテナ積込み
コンテナふ頭の先には、名古屋港ゴルフ倶楽部富浜コースがあり、その先には長島リゾートがあり有名なジェットコースターが見えました。
 
※ナガシマリゾート(右側)
032 渡し⑬・長島温泉
 ※揖斐川に架かる伊勢湾岸自動車道の斜張橋
034 渡し⑮
 ※揖斐川に架かる国道23号(名四国道)の鉄橋
035 渡し⑯
 ※右=長良川河口堰・左=桑名の渡し跡(揖斐川)
037 渡し⑱・長良川河口堰
右側に見える長良川河口堰は、今から20数年前に河口堰が可動する前に行った浚渫作業の調査で、何回も現地に来て調べたことを思い出しました。
 ※左=幡龍櫓、白丸=桑名の渡し跡
038 渡し⑲・桑名の渡し場
 ※平成桑名の渡し場・入口
039 渡し⑳・平成桑名の渡し場入口
《桑名の渡し》
江戸時代に使われていた渡し場跡は保存史跡のためなのか使用せず、少し上流の住吉神社脇に平成の渡し場が造られそこに着岸しました。
 
※平成桑名の渡し場(奥は住吉神社)
041 平成桑名の渡し場22
15時40分、平成桑名の渡し場・着岸
043 平成桑名の渡し場
強風の向かい風の中の航行でしたが、風を避けながら上手な運転をされたので、ほとんど予定時間で航行れました。
下船すると主催者の方が桑名の渡し場跡の案内をしますとのことでしたが、私、Nさん、Jさんの三人はこのまま桑名駅に向かうことにし、桑名の渡し場跡に行かれるというMさん夫婦とM奥さんの弟さん夫婦と船着き場で別れました。

【街道旅-】 旧甲州道中旅
H26.09.15に日本橋を出発しましたが、相方のYumiさんが山行途中の転倒による足首の骨折を契機に歩行困難となり、第3回の旅から私一人で旅を再開しました。
そして、第8回の旅からMさんと男二人旅となり、H28.05.30に下諏訪・中仙道合流点に到着しました。旅紀行は、以下のURLでご覧頂けます。
  http://eiyumi-koushukaido.blog.jp/ 

 

【街道旅-Ⅲ】 旧中山道二人旅

H28.09.17に日本橋を甲州道中を一緒に歩いたMさんと二人で出発しました。

今年、災難を乗り越えて生きてきた人生の節目の古希(満69才)を迎え、その記念として旧中山道の旅に出発します。

旅は日本橋を出発し、京都・山科追分で京街道に入って東海道57宿の4宿を歩き、大坂・高麗橋にゴールする予定です。

旅紀行は、以下のURLでご覧いただけます。

  http://eiyumi-nakasendo.blog.jp/