天候】快晴
【宿場】(11)三島宿⇒(12)沼津宿⇒(13)原宿
【行程】歩行距離=17.60㎞ 総距離=133.85㎞
三島広小路駅前⇒(1.60㎞)⇒028伏見一里塚⇒(3.133㎞)⇒029沼津一里塚⇒
(4.847㎞)⇒030大諏訪・松長一里塚⇒(4.574㎞)⇒031原・一本松一里塚⇒(3.45㎞)⇒東田子の浦駅前交差点
【ルート図】
 ↓宿場(黒囲みが第8回旅の宿場)
10 8回宿場
 
旧東海道の旅・進捗状況
  
(ピンク=今回の旅区間/黒線+ピンク=完歩区間)
全体ルート(第8回)
 第8回の旅ルート
 
(三島広小路駅前
 ⇒ 東田子の浦駅前交差点)

第8回ルート
【旧東海道の旅】
《序章》

今回の旅は、11月3日(土)~4日(日)は、旧東海道を三島広小路駅から新蒲原駅まで旅する予定で準備に取り掛かり、ホテルの予約やJRのジバング切符などを用意しました。
ところが、一週間前に日本気象協会の天気予報を見たら土・日とも晴れ一時雨だったので、日程を一週間遅くに変えてしまいました。
天気は、その後秋晴れになる予報に変わりましたが、ホテルもジバングの切符も変更してしまったので、ジバングは手数料を払えば再度変更することも可能でしたが、参加申し込みした山行はタクシーの予約をしているため、キャンセルするとリーダーに迷惑を掛けるので、そのまま山行に参加することにしました。
キャンセルした11月3日~4日の天気は最高の秋晴れで、日本気象協会のホームページに掲載されていた富士山は秀麗そのものでした。
全て私の判断の甘さが原因なので、自戒いたしました。
《準備》
今回の旅から、日帰りの旅から宿泊する旅になります。
これは、早朝に起きて出発地まで移動してから旅するよりも体力的に楽との判断と、費用的に日帰りを2回行うことによる往復の旅費と一泊二日で行う宿泊費・旅費を比較すると、宿泊した方が安価になるという2つの理由からです。
(2人往復交通費☓2回) > (宿泊費=ツインルームと2人往復交通費)
また、旧東海道を歩いた先人から、日帰りは家に帰って次の旅まで体力を回復する時間があるけど、連続の歩きは疲れがとれないから無理をしないようにと、有難い助言を頂きました。
この旅は人と競って行っているわけではないので、計画どおりに進まなくても体調が悪くなったら途中で切り上げて帰ってこようと思います。
《移動》
目覚ましのメロディーで起床。
いつもと同じ流れで準備し、家を出発しました。
早朝の冷気を感じながら自転車で最寄り駅に向かい、電車を乗り継いでJR品川駅に着きました。
9月に加入したジバングで、品川から新幹線を利用して三島経由で出発地の三島広小路に行きます。
私は新幹線に乗車するのは定年後初めてで、Yumiさんはそれ以上に久しぶりです。
〔バインダーが壊れた〕
品川駅でYumiさんがトイレに行きたいというので、Yumiさんのザックを預かって私もトイレに行きました。
ところが、トイレでYumiさんのザックと地図・行程一覧などを綴ったバインダーを便器の前の棚に置き、用を済ませてYumiさんのザックを取ろうとしたところ、ザックの下に置いおいたバインダーを床に落としてしまいました。
バインダーは落ちた衝撃で留め具の部分が壊れてしまい、地図などの資料がバラバラになってしまいました。
私は、急いで壊れたバインダーと地図などの資料を掻き集め、Yumiさんがトイレから出て来る前にトイレの入口に戻りました。
私は、何でこの程度のことで壊れたのだろうと思いましたが、壊れたものは元に戻らないので、新しいバインダーを購入するまで壊れたバインダーで我慢することにしました。
《新幹線》
各駅停車の「こだま」は、ほとんどの車両が自由席ですが、品川からの混雑状況がわからないので、指定を取りました(前日の15時時点で確認したら、指定席は完売で空席なし)。
品川から新幹線を乗るのが初めてで、乗り換えに要する時間が分からなかったのですが、一度経験したので状況は把握できました。
こだま号の自由席に並んでいる人は、それほど多くはありません。
入線してきた新幹線の混雑具合は、前3両はがら空き状態、4~7号車は80~90%と混んでいました。
07時34分、新幹線品川駅出発
01 新幹線
天気は快晴で、新幹線から見えた富士山は綺麗で、これから富士山の眺望が楽しめると嬉しくなってきました。
三島で降り、長い跨線橋を渡って一度JRの改札から外に出て、伊豆箱根鉄道駿豆線の切符を購入し、電車をバックに記念撮影して電車に乗りました。
 ※三島駅(出発前)
03 伊豆箱根鉄道駿豆線・三島駅
8時34分、三島広小路駅着(三島から1駅目)
【=旅=】
駅の改札を出て前回の到着地の駅前で、今日の出発式(看板を掲げた写真撮影)を行い、出発しました。
08時37分、三島広小路駅前(出発式)
05 三島広小路駅前・出発式
出発地から約750m歩くと左側に秋葉神社があり、Yumiさんとお賽銭をご奉納して、「旅のご加護」と「Yumiさんの意味認知症の完治」をご祈願しました。
08時48分、秋葉神社(左側)
07 秋葉神社
ただ、資料で境内に「西見付跡碑」があると記されていましたが、見付けられませんでした。
少し先の境川橋から右を見るとコンクリート製水路の「千貫樋」が見えました(撮影が下手で写っていませんでした)。
08時50分、千貫樋・解説板(右側)
09 千貫樋:解説
Yumiさんに千貫樋のことを手で教えても分からず、また興味も示しませんでした。
境川橋から約850m歩くと、左側の宝池寺の境内に宝池寺一里塚(椀型に改修)、道路を隔てた反対側の玉井寺の境内に玉井寺一里塚(原型の塚)が、良く整備された状態で保存されていました。
09時00分、028清水伏見一里塚跡
 ※宝池寺(左側)
12 029清水伏見一里塚(宝池寺)
 ※玉井寺(右側)
16 029清水伏見一里塚(玉井寺)
旧街道はここのまま真っ直ぐ八幡交差点を直進するのですが、柿田川湧水群を見るため、宝池寺一里塚の横を八幡東交差点に進み、交差点を渡って左に国道1号線を約200m歩くと、右側に柿田川湧水群の入口がありました。
入口を入り、右に進むと第一展望台と第二展望台の分岐があり、近い方の第一展望台に行きました。
展望台というと普通は上の方を考えるのですが、ここは階段を30段くらい下がったところに木製の展望台がありました。
09時12分、柿田川湧水群(右側)
19 柿田川湧水群(第一展望台)
展望台には数人の写真愛好家が、樹木の中にある湧水池から湧き出している湧水を撮影しており、私とYumiさんは木蔭の涼しい展望台で、しばらく眺めてから戻りました。
 ※第一展望台
18 柿田川湧水群(第一展望台)
そして、旧街道に戻る途中の八幡東信号の手前で右側に富士山が見えたので、Yumiさんを立たせてパチリと記録の残しました。
09時20分、富士山の眺望
21 富士の眺望(柿田川湧水群附近)
八幡交差点を左折して、旧東海道に戻り旅を続けました、
09時22分、八幡交差点
八幡交差点から約500m歩くと、右側に「医療センター入口バス停」(東光寺の先)があり、バス停の角を右折して約100m先の長沢八幡神社本殿左手に、源頼朝と義経が対面した対面石が竹垣の中にありました。
09時33分、対面石(長沢八幡神社=右側)
24 対面石
Yumiさんに座ってと云うと「座るのはイヤです」と云って立ったままなので、私が頼朝が座ったと云われる石に座りました。
 ※対面石(頼朝が座ったと云われる石)
25 対面石(頼朝の石に座る)
出発して一時間近く経つので、Yumiさんに声を掛けて神社のトイレに行くと、旧街道ウォーカー(若者2人)が対面石を見にきましたが、特に言葉を交わすことなく私達が先に神社を後にしました。
神社から約100m歩くと、左側に松並木が保存され、黄瀬川橋まで続いていました。
黄瀬川橋は橋の架け替え工事中で、仮設歩道が架けられており、車は橋の手前で迂回させられていました。
この黄瀬川橋からの富士山の眺望はワンダフルでした。
09時43分、富士山の眺望(黄瀬川橋)
26 黄瀬川橋からの眺望
私達より後に神社を出た若者二人組は、私とYumiさんがもたもたと写真を撮っている間に追い越し、もたもたウォーカーの私達が前を見たときには、はるか前方を歩いていました。
黄瀬川から約300m歩くと右側に傍示石があるというので探しましたがないため、たまたま通りかかった近所の方に聞くと、県道380号を戻るとのことだったので、見るのを割愛して先に進みました。
旧東海道は県道380号と合流し、約500m歩くとまた分岐し、旧東海道は狩野川沿いを進みます。
先人のHPで、土手の上を歩くと気持ちが良いと記されていたので、土手を歩くつもりでいたのですが、改修工事中で通行禁止になっていて歩けないため、そのまま道なりに歩き、狩野川に架かる黒瀬橋(沼津警察署の近く)を過ぎた左側に平作地蔵の小祠が祭られていました。
10時08分、平作地蔵(左側)
28 平作地蔵
平作地蔵から約100m先の右側に小公園があり、公園の前に日本橋から29番目の一里塚跡碑と玉砥石碑が並んで建っていました。
10時11分、029沼津日枝一里塚跡(右側)
30 029沼津日枝一里塚
 ※玉砥石碑
32 玉砥石
公園ですが休むベンチがないので、立ち休みしながらペットボトルの水で水分補給を行いました。
小公園から約230m歩くと県道380号に合流し、県道を約250m進むと左側に「川廊通り碑」があり、碑に沿って左折して沼津の町に入っていきました。
10時22分、川廊通り碑(左側)
34 川廊通り
川廊通りに入り、右側の沼津城本丸跡の中央公園を眺めながら道なりに進み、沼津駅前の本通りを左折すると、歩道に「本を読む女性」像の石造りベンチがありました。
10時25分、本を読む女性のベンチ(左側)
35 彫刻のベンチ(進行左)
早速、Yumiさんに座ってごらんといったら、「私が座るの?」とあまり座りたくないような云い方するので、「隣りも女性だからYumiさんが座らないと似合わないよ」と云うと、しぶしぶ座りました。
そして道をそのまま進むと同じように本を読む女性像の石造りベンチがあり、今度は私が座りました。
通横町交差点を渡るため信号待ちしていると、よさこい祭りの身支度をした一団が歩いていました。
今日は、沼津の「よさこい祭り」が開催されるようです(ホテルが満室になった理由が分かりました)。
私とYumiさんは旅があるので見ることなく先に進み、本町交差点を右折すると、道の両側に本陣跡碑が続いて建っていました。
役所から頂いた案内地図には、本町交差点角に間宮本陣跡と記載されていましたが、駐車場で何もありませんでしたが、通りを歩くと左側に中村脇本陣跡碑、将棋センター前に渡辺本陣跡碑、道路の反対側のベルタクシーの前の歩道に間宮本陣跡碑が建っていました。
10時34分、中村脇本陣跡碑(左側)
37 中村脇本陣跡碑
10時36分、清水本陣跡碑(左側)
38 清水本陣跡碑
10時37分、間宮本陣跡碑(右側)
39 間宮本陣跡碑
旧東海道は、静岡銀行の交差点を右折し、次の浅間町交差点を左折して約100m先に沼津城主の菩提寺がありましたが、寺院があまり好きでないYumiさんは「お寺よりソフトクリームが食べたい」と云うので割愛して先に進みました。
お寺に参拝しなかったのが悪かったのか、ソフトクリームを買う予定でいた店は、窓のシャッターが閉まっていて買えませんでした。
Yumiさん、残念!!でした。
また、品川駅のトイレで壊してしまったバインダーは騙しだまし使っていましたが、何とも使いにくいので早く買い替えたいと文具店を探しながら歩いているのですが、なかなか見付かりません。
旧東海道は浅間町交差点から県道163号になり、約1.2㎞先の西間門交差点で県道380号を斜めに横切るように進み、交差点から約450m先の右側に八幡神社があり、傍示杭碑が建っていました。
11時05分、沼津宿西傍示杭(八幡神社=右側)
40 西傍示杭碑
朝が早かったので昼食は少し早く食べようと、Yumiさんと話しながら歩いていると、進行左側に文具店がありました。
早速、文具店に入ってバインダーを購入し、壊れたバインダーの処分をお願いしました。
バインダーの処分は、最初断られたのですが、お願いして引き取ってもらいました。

【昼食】
昼食は、片浜小学校(左側)を過ぎた右側に
①喫茶風の店
②レストラン
があり、Yumiさんに「どっちがいい?」と聞くと、「こっち(喫茶風の店)」と云うので、スナック「山河」に入りました。
11時33分、スナック山河着(右側)
42 スナック山河(昼食)
店には常連の人生の先輩である男女4人が座っており、温かく迎えて下さいました。
Q=どこから
E=三島広小路から東田子の浦まで歩く予定で、旧東海道を歩いています
Q=富士の景色が良いから
E=そうですね。ところで一里塚はどのあたりですか
Q=この先の50m先にあるから、食べる前に見てきたらいいよ
(見に行こうと外に出てら、旧街道旅の男性3人組が一里塚のところにおり、場所が確認できたので食べた後に行くことにして店に戻りました=ここで見掛けた3人組は、この先で歩いているところを見掛けたので、この近くで昼食を食べたのでしょう)。
Q=見てきた?
E=いいえ。食べられやしないかと心配で戻ってきました
Q=ワハハハ・・・
と、楽しいひと時を過ごしました。
昼食は、日替り定食(豚生姜焼き)を注文し、味付けの上手な美味しい定食でした。
12時01分、喫茶山河出発
昼食を食べ終わり、午後の旅に出発しました。
食べる前に確認しておいた一里塚は、喫茶山河を出て約50m歩くと民家の塀の間に、日本橋から30番目の一里塚跡に石碑が建っていました。
12時02分、030大諏訪松長一里塚跡(右側)
43 030大諏訪松長一里塚跡碑
旧東海道は真っ直ぐな道となっており、左には千本松原が続いていますが、千本松原には後で行く予定で、私の後ろ5~6mのところをYumiさんが歩き、私がYumiさんの状況を確認しながら歩きました。
沼津駅の一つ先の片浜駅を右に見ながら約950m歩くとJRの踏切があり、さらに踏切から1.1㎞歩いた原交番東交差点の手前左側に、「白隠禅師生誕地碑(臨済禅中興の祖)」が建っていました。
12時39分、白隠禅師生誕地碑(左側)
45 白隠禅師生誕地碑
生誕地碑から約170m歩くと、左側に渡辺本陣跡碑があり、碑の後ろの家の表札を見たら渡辺姓でした。
12時42分、渡辺本陣跡碑(左側)

47 渡辺本陣跡碑(渡辺家の前)
本陣のご子孫の方がお住まいなのだろうか。
本陣跡から約260m歩くとJR原駅入口交差点、さらに90m先の左側に高島酒造があり、店舗の脇に富士山の霊水が飲めるようになっていました。
12時55分、高島酒造前(左側)
49 高島酒造前
 ※高島酒造 富士山の霊水

50 富士の霊水(高島酒造提供)
蛇口の前には2人の人が、2ℓペットボトルを持参して給水していましたが、驚いたのはペットボトルを10~15本位を車に積んで持ってきていました。
私とYumiさんは、この人達の給水の合間に手汲みで少し飲み富士山の霊水を味わいましたが、味は良くわかりませんでした。
12時57分、高島酒造前を出発
《足が痛い》
高島酒造で一服休憩してから約200m歩いたとこで、Yumiさんの歩きが遅くなっているので聞いてみると、右足の裏が痛いとのこと。
治療できる場所を探しながら歩いていると、永田自動車商会を過ぎた左側に駐車場があり治療することにしました。
治療は認知症の主治医に処方して頂いたシップ薬を貼って処置し、Yumiさんの歩く状態を見るとなんとか大丈夫そうなので旅を続けました。
再び歩き始めて約240m進むと新田大橋があり、事前に調べた資料に「小便小僧の管路」があるとのことでしたが、見つけられませんでした。
新田大橋を渡ったところから約350m歩くと、左側に日本橋から31番目の一里塚跡があり標柱が建っていました。
13時17分、031原・一本松一里塚跡(左側)
51 031原一本松一里塚跡碑
一里塚の標柱は、民家の塀の脇にポツンと建っているだけで、意識していないと通り過ぎてしまいそうです。
《富士山》
この辺りは富士山の眺望が良い地域なのですが、昼前から雲が掛かったりして、頂上が見えたり、見えなかったりの状態が続いており、原一里塚跡碑の先のビューポイントも、今いちの眺望で、これもその時の運と諦めました。
 ※冠雪部分が雲に隠れた富嶽
54 富士の眺望(雲で見えません)
原一里塚跡碑から約550m歩くと左側に小池薬局があり、店舗に沿って左折し、細い路地を約70m進むとこの辺りではここにしかない東海道線の踏切を渡りました。
踏切を渡ったところには建物が建っていなかったので振り返って見ると、富士山の眺望がバッチリの場所(貨物駅にする用地)でしたが、その時は雲が掛かっていて眺望は良くありませんでした。
残念!!
《千本松原》
踏切を渡り、約200m先の県道380号を右折し、約150m歩くと左側に小さい「要石神社」があり立ち寄りました。
13時31分、要石神社(左側)
56 要石神社
神社といっても入口の鳥居(写真を撮った位置)と石柱に囲まれた小さな祠の神社です。
この神社は、探しても見付けられなかった方もいるので、参拝したいと考えていたので、声を出して参拝することができ、とてもさわやかな気分となり、参拝できてよかったと思いました。
参拝の後、そのまま松原の中を歩いたのですが、折角の機会なので土手の上から海が見たいと思い、松原の中を横切りコンクリートで覆われた土手に上りました。
 ※千本松原の遊歩道
59 千本松原
 ※土手からの伊豆の眺め
61 千本松原の堤防からの駿河湾
土手の上から見える駿河湾の海原は広々と広がり、太陽の光で海面がキラキラと輝いています。
 ※これから歩く静岡方面の眺め
63 千本松原の堤防
風もなく、走っている自転車に気を付けながら、少し暑いくらいの土手の上をのんびりと歩きました。
土手を降りて旧東海道に戻る場所を地元の人に聞いたのですが、あまり要領を得なかったので、地図を見ながら自分の考えで進むと、幸運にも道を間違えることなく旧街道(最初に左折した小池薬局から1.2㎞先の小川保険事務所付近)に戻ることができました。
旧街道に戻って前を見ると、約200m先に男性3人組の街道ウォーカーが歩いていました。
この3人は昼食の時、大諏訪松長一里塚跡碑を見に行こうと店(スナック山河)から外に出た時に、一里塚跡碑付近にいた人達で、食事の場所などが違ったり、2時間以上も経過していたのですが、偶然にも私達の前を歩いているところでした。
旧街道を約650m歩くと東海道本線の踏切があり、丁度電車が通過するところで遮断機が降りていましたが、写真を撮るのを忘れてしまいました。
踏切を渡り約250m歩くと、左側に沼津市から富士市に入る市境標識が建っていました。
14時10分、市境標識(沼津市から富士市)=左側
65 富士市境
歩くのを道路の右側に移動し、約350m歩くと県道380号線と合流する東柏原交差点があり、さらに約350m歩くと、右側に六王子神社が祀ってある「東田子の浦駅前」交差点に着きました。
14時23分、東田子の浦駅前交差点着(到着)
到着の看板を掲げた写真を撮り到着式を行い、今日の旅を終わりました。

66 東田子の浦駅入口(到着地)
【移動】
東田子の浦駅前交差点から駅までは約100m。
切符売り場で、沼津駅までの切符を買って改札を通り、跨線橋を渡って沼津方面のホームに行きましたが、乗客は私達以外に一人もおらず閑散としていました。
改札は、Yumiさんに切符を渡すと、私に入れ方の確認をしてから改札を通り、切符は直ぐに取り出せるように私が預かりました。
14時33分、東田子の浦駅ホーム
67 東田子の浦駅ホーム
《紙パック》
電車が来るまでの間、飲料用に持参していた紙パックのジュースを二人で飲んでのどを潤したりして電車の到着を待ち、飲み終えた紙パックをそのままザックに入れて持ち帰ろうとすると、Yumiさんが反対側のホームにゴミ箱があるからそこに捨てるといって、空になった紙パックを持って跨線橋を渡り反対側のホームにあるゴミ箱(写真で少し光っている)に捨てに行きました。
 
※ゴミ捨てに行くYumiさん
69 ゴミ捨てに行くYumiさん
私は「あと3分で電車が来るけど大丈夫」と聞くと、「大丈夫」と云って捨てに行き、捨てる場所を間違えることなくゴミ箱に捨てて戻ってきました。
14時38分、東田子の浦駅発
到着した3両編成の電車は、満席で沼津まで座ることができませんでした。
私はガラ空きの電車を想定していたので満席状態には驚くとともに、車窓からの眺望が素晴らしい富士山も、歩いている時よりも雲が多くなっていて眺望はダメでした。
14時49分、沼津駅着
初めて乗降する駅のため、沼津駅北口に出る方法が分からないで南口の改札に出てしまい、駅員に教えてもらい北口から出て宿泊するホテルに向かいました。
15時00分、ホテル着
ホテルに到着しチェックインしましたが、夕食には早すぎるので、テレビを観ながらベッドに横になって体を休めました。
《夕食》
17時30分過ぎ、ホテルがネットで紹介していた「海老や」に行きました。

73 海老や
今日の沼津は、「よさこい祭り」が開催されているのですが、時間的に早いので祭りの関係の人はいませんでした。
入店した時は2人連れだけだったので静かでしたが、10人の団体客が入ってきた18時過ぎ頃から賑やかになりました。
私とYumiさんは、刺身盛り合わせ、生海老、まぐろぬた、さば味噌などを食べましたが、新鮮でYumiさんも美味しいと云いながら食べていました。
そして、最後に食べた「まぐろとねぎの茶漬け(@600円)」は美味でした。
飲んで、食べて二人とも満腹になって店を出て、ホテルに戻りました。
【ホテル】
ホテルに戻りシャワーで今日の汚れを洗い流しましたが、Yumiさんはシャワーの使い方が分からないため、私がシャワーを使って洗い流しました。
さっぱりしたところで、明日の歩く地図の準備や、荷物の整理を行いましたが、明日は午後から雨模様とのことで、天気が気掛かりです。
天気の回復を祈りつつ、Yumiさんに雨が降ってきたら途中でやめて近くの駅に行くことを話し、ベッドに入りました。
【明日の予定】
明日は、第9回の旅で、東田子の浦駅前交差点から新蒲原・五十嵐商店角までの18.56㎞を歩きます。
途中の富士川橋は、富士山眺望の場所なので、楽しみにしたいと思います。

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eiyumitokaido@yahoo.co.jp

【街道旅-】 旧甲州道中旅
H26.09.15に日本橋を出発しましたが、相方のYumiさんが山行途中の転倒による足首の骨折を契機に歩行困難となり、第3回の旅から私一人で旅を再開しました。
そして、第8回の旅からMさんと男二人旅となり、H28.05.30に下諏訪・中仙道合流点に到着しました。旅紀行は、以下のURLでご覧頂けます。
  http://eiyumi-koushukaido.blog.jp/  


【街道旅-Ⅲ】 旧中山道二人旅

H28.09.17に日本橋を甲州道中を一緒に歩いたMさんと二人で出発しました。

今年、災難を乗り越えて生きてきた人生の節目の古希(満69才)を迎え、その記念として旧中山道の旅に出発します。

旅は日本橋を出発し、京都・山科追分で京街道に入って東海道57宿の4宿を歩き、大坂・高麗橋にゴールする予定です。

旅紀行は、以下のURLでご覧いただけます。

  http://eiyumi-nakasendo.blog.jp/